藤原詩光堂

Scroll making手業の承継

表装の歴史History

 安土桃山時代の茶聖千利休が「掛物ほど第一の道具はなし」と提唱したほど大切な日本の表装文化。その探究は中世・近世の時代に天皇や将軍が自らの衣を下賜し、古田織部らの高名な文化人が高貴な墨蹟を茶掛けとするために裁断するほどであったと伝えられております。こうした好みの裂で書画を守り慈しむ日本独自の美意識は、先人の繊細で峻厳な審美眼によって発達してきました。

Sen no Rikyū (1522-1591), the great master of the tea ceremony once said, “In a tea ceremony, there is no component more important than a hanging scroll.”
Scrolls convey the sense of Japanese beauty through the preservation and reverence for calligraphy and paintings. That unique awareness and perception originated centuries ago and has been honed over time.

 表装技術は、中国の晋代(西暦280-420年)以前には存在し、日本には飛鳥時代に仏教とともに伝わった経巻(巻子本)が初めてとされます。奈良時代には表装の専門家「装潢師(経師)」が現れ、経巻はやがて『平家納経』のような贅を尽くした仕立てとなり、平安時代には絵巻物の最高峰とされる典雅な『源氏物語絵巻』が生まれました。

掛軸について

 日本で最初の掛軸は飛鳥時代の仏画で、古代から曼荼羅の表装も行われ礼拝の対象とされました。鎌倉時代後期には、禅宗文化による水墨画の詩画軸や頂相などの掛物が発達しました。室町時代になって書院造の「床の間」を中心とした座敷飾りが浸透すると、山水花鳥が多く題材とされ美術鑑賞が主たる目的となりました。足利将軍家の収集品『東山御物』の中に絢爛豪華な表具が見られる一方で、茶の湯の世界では安土桃山時代に草庵茶室を発展させた千利休が墨跡の掛物を尊重し、侘びた趣の簡素で風雅な表具が日本美の一つの根源となりました。江戸時代には中国伝来の明朝式の表具が文人表装として定着し、小堀遠州や金森宗和のように自らの好みを競う大名が現れ、西陣の錦や唐織・金襴などの裂地が掛物の芸術性を高めました。

屛風について

 現存する日本最古の屛風は正倉院の『鳥毛立女屛風』です。平安時代には、貴族の寝殿造の調度としてやまと絵や水墨画が描かれ、寺院では山水屛風が用いられました。桃山時代には豪華絢爛な金碧障壁画がヨーロッパにも伝えられました。江戸時代の俵屋宗達が描いた「風神雷神図屏風」、琳派を確立させた尾形光琳の「燕子花図屏風」、「紅白梅図屏風」はことに有名です。この頃には実用性もある風炉先屛風や枕屛風なども作られ、現在では洋風空間の間仕切りとしても用いられています。

襖・障子について

 襖は平安時代の寝殿造の調度品であった絹裂地の「襖障子」がその起源とされます。中世以降は書院造とともに発達し、桃山時代には城郭内部の金碧障壁画に名作が残ります。江戸時代に徳川家康によって造営された二条城二の丸御殿にある狩野探幽の襖絵「松孔雀図」は、将軍の権力を象徴しています。
 同じく寝殿造の調度品であった色無地や木版文様の「唐紙障子」は、江戸中期以降に茶室や数寄屋風の建物を中心に広く用いられました。
現在では、障子といえば一般的に光を通す白和紙を貼った明障子のことを指します。

和額について

 室内で書画を鑑賞し装飾にもなった「紙額」は江戸時代初期には見られ、煎茶や文人趣味とともに広まりました。幕末から明治にかけて「左右天地不均整」のわが国特有の様式が確立されました。現在では洋額の要素を取り入れたものも見られ、日本的主題や伝統的表現方法のものを和額と呼ぶことが多いのです。

参考文献 『表具の事典』京表具協同組合連合会 平成22年

Scroll making is a traditional art that uses woven fabric, traditional Japanese paper, and adhesive to make hanging scrolls, folding partitions, and matted frames with calligraphy and paintings.
The art of scroll making, or kakejiku in Japanese, existed before the Jin Dynasty (280-420 AD) in China. In Japan, the first scrolls or scroll books were introduced along with Buddhism in the first Asuka period (538 to 710 AD). In the Nara period (710 to 794 AD), scroll making craftsmen began to appear. And in the Heian period (794 to 1185 AD), the renowned, hand scroll Genji Monogatari Emaki was created. The classical Japanese painting style Yamato-e and ink wash paintings were also used to make folding partitions for the royal family during these times.
Since ancient times, Buddhist paintings and mandalas, geometric figures representing the universe, have been depicted on scrolls. During the Kamakura period (1185 to 1333 AD), hanging scrolls drawn with ink wash painting became favored in Zen Buddhist temples. In the Muromachi period (1336 to 1573 AD), scrolls depicting mountains, water, flowers, and birds became a common theme for artists. The Higashiyama Treasures from the Ashikaga Shogunate's art collection contained many gorgeous scrolls. Conversely, Sen no Rikyu, historical tea ceremony master, preferred more simplistic and modest scrolls for the Soan Tea Room in Kyoto during the Azuchi-Momoyama period (1573 to 1603 AD). These scrolls are part of the roots of the Japanese sense of beauty.

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